スーパーニュートラル。

ライブにお誘いをして頂いた時にたまーに、
「年齢って非公開ですか?」とお気遣いをしてもらう時がある。

もちろん、そんなことはない。
僕は明日、誕生日を迎えて30歳になる。

(愛犬、お米と29歳の僕。)

10歳の時、”班登校”という近くの子供達が1年生から6年生まで
いっしょくたになって待ち合わせをして学校へ向かう道の途中、
ふと「この倍生きたら僕は20歳になるのだ」と漠然と思い、
少しだけうんざりして少しだけ興奮して、
未来への大きな期待と途方もない”10年間”について思い悩んだことがあった。
(20歳になった時、何も変わらない自分に大きく失望したことは言うまでもない。)

正直に言うと、29歳の僕は今、相変わらず30歳になることに同じ感情を抱いている。

それこそが何も変わっていない証拠なのかもしれないけれど。

(2020年the caves×SHUオーストラリアツアー。Photo by BOWEN HOPPER)

きっと僕はいつまでも
豊かな現実を有り難く享受しながら
その先を憧れのように見つめ続ける。

(お米のいる日常。)

人々の寂しさに寄り添えるような音楽を。
幸福や慈しみを全身で感じられる音楽を。

100年後の子供たちに僕らが伝えることが出来ることなんて
想像もつかないから、僕らは自分たちが思い描くものを
思い描く以上に表現し続けることしかないんだから。

(2020/7/5 the caves×SHUライブat FATAPIA。Photo by Chiiho Photography&Works)

みなさん、叶うならば
これからも
恋のようで愛のようで
クソみたいな吐きだめの中にある
輝く場所で
血反吐を吐きながら笑顔で
涙を流して
HateとLoveが手を繋ぐ場所で
会いましょう。

(2020年the caves×SHUオーストラリアツアー。Photo by Alexander William)

樹木希林が娘さんに話していた
「驕らず、他人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」
という言葉を胸に。

(家族と桜。)

20代最後の僕からみなさんへ、
最大限の感謝と愛を込めて。

(能勢の山道にて。)

見守られながら。

今回は、僕の隣に住むおばあちゃんの話です。

僕は現在大阪市内に住んでいます。
こう聞くと、とってもナイスなシティーボーイに聞こえる。

確かに、心斎橋や難波へは自転車で10分程度、
天王寺や梅田だって20分も自転車に乗れば着いちゃう。

だけど、僕が住んでいる家は大正時代から100年近く建っている
長屋のうちの一軒家で、家の前には雨から守ったり日差しを遮ったりする
大きな大きな木が生えている。

あまりにも大きくて、公道にもはみ出しているけど、
誰が植えたかなんて分からないから誰も処理しない。
「この木は根っこが家の下まで伸びているから、もし切ったら家が崩れる」
とも言われ、
「この木のおかげでこの長屋は大阪空襲を生き延びた」とも言われる。

さらに家の中に入れば、一軒家とは思えないほどの狭い間取り。
昔ながらの日本家屋らしさもある。

建物だって歪んでいるから、扉は固くて、
梅雨の時期は木が膨張していよいよ動かない程だ。

そんな長屋がまだまだ”新築”に分類されていたであろう時代から
ここに住んでいるのが、僕の隣のおばあちゃん。

 

歳は80代後半だったと思う。

今も元気で、耳だって口調だってハッキリしているし、
この間まで自転車に乗って買い物に行っていたし、
1日に何度も家の外に出て自分が植えた植物たちの面倒を見ている。

天気の良い日は外に椅子を持ち出して、
大きな木の下で編み物やえんどう豆の皮むきをしたり本を読んだりしている。

僕は、仕事柄ライブの日以外は家にいることが多くて、
(つまり、最近はずっと家にいる・・・)
身体を伸ばすために外に出た時によく会うから、その時にお話をする。

この家のことも、大きな木のこともおばあちゃんから教えてもらった。

 

お手製のきゅうりのぬか漬けや、作り過ぎたポテトサラダ、
彼女の友人の庭に自生しているニラのお裾分けなどもよく頂く。

彼女が育てている大葉や金柑は、必要とあればキッチンからそのまま外に出て、
少しもぎって料理に使わせてもらっている。

そんな彼女との話。

彼女の娘さんと息子さんのこと、
パンデミックのせいでなかなか家から出れなくてストレスが溜まるということ、好きなことをして生活をしている僕をとても羨ましがってくれること、
昔のこと。

 

彼女が言ってくれた
「お金なんて今はなくてもいい。ワタシは今は多少お金あるけど、好きなことなんて何も出来へん。それよりも、若い時にお金が無くても苦労してた時代の方が楽しかったわ。」

という言葉は、僕には想像も出来ない彼女の人生の重みが詰まっていた。

僕はその言葉を時々「よいしょっ」と引っ張り出して
モサモサとした、癖のあるクッキーのように少しずつ
有り難く齧っている。

 

まだまだ、元気で。

色んな話を聞かせてね。

生活

前回のブログ『ニュー・シネマ・パラダイス』は、実に半年ぶりの更新だった。

その前に書いた東京ツアーのブログ『贅沢な雑記として。』
それから戻ってきた後は怒涛のような半年間だった。

(MV作成中の一枚)

オーストラリアツアーがあり、
(オーストラリアツアーに関しては、
Instagramアカウントにて毎日リアルタイムで更新をしていました!!!
もしよろしければ、Instagramにて”shuhandpan”をフォローの上、
「#australiadiary」でブログを読んだり、
ストーリーズのアーカイブをお楽しみ下さい!!)
世界の仕組みを丸々アップデートしてしまうようなパンデミックがあり、
楽しみにしていた音楽イベントがなくなり、
新しい楽しみ方と穏やかに過ごさざるを得ない日常の中で、
隠れていた次の生き方を模索し、変わろうともがき、変わらないものを愛した。

(オーストラリアにて)

(日常)

その後は、素敵なイベントにいくつか出演をして、
新しい出会いと価値観の中で生まれ続ける新しい自分と変わらない自分の狭間を
揺れながら楽しんだ。

(2020/2/16 Live at LPキッチン)

(2020/5/30 Live at たいよう Photo by オモタニカオリ)

(2020/6/14 BOTAFES みんなのお花見プロジェクト収録)

 

本来なら、一つ一つがブログに書けたことなのに、
何一つとして形にならなかった。

そんな日々の中でも変わらず文章は書き続けていたけれど、
ブログという形でアップをすることが少しずつ怖くなっていった。

書くことに飽きたのではなく、書きたい衝動と書かなければいけない焦燥の中で
書くことが出来なかった。

(2020/7/5 Live at FATAPIAにて)

そして、エンニオ・モリコーネの死を受けて、改めて考えてみた。
僕が音楽を作ることと、文章を作ることについての関係性を。
関係性がないということを。
音楽にしたい生活も、ブログにしたい生活もある。
どちらにもなる生活も、どちらにもならない生活もある。
どちらかがスムーズに進んで、どちらかが立ち止まったり、
どちらも「ダメだこりゃ」となったり
どちらも最高速度をキープしたり。

脳みその使い分けも時間帯による棲み分けも
刺激の強弱による振り幅もない。

まだハッキリと理解出来ていないだけかもしれないけど、
どちらも「なんとなく」という言葉がしっくりとくる。

(2020/7/4 Live at 桜ノ宮foodscape!storeにて)

僕は自分のことを凡人でまともで普通だと思っている。
僕は小さな虫ケラ同然で、どこにでも僕みたいなやつなんていて、
ありきたりの有象無象だと思っていた。
今まではその事実に嫌気がさすことの方が多かったけれど、
最近はそのことに快感を覚えるようになってきた。

自転車で駆け下りながら大好きなあの歌を歌ったって、
世界の主人公なんかじゃないんだぜ。

 

僕は生活が好きだ。
洗濯や掃除や洗い物、犬の散歩。

そう言えば星野源はエッセイの中で生活が嫌いだと言っていた。
僕は星野源が好きだ。
星野源は僕を知らない。

なんてことだ。
なんてすれ違いだ。

 

憧れの松の虫よ。
あなたはいつも隙だらけで、そんな君に魅せられた僕だけど、
あなたの愛はいつも一つだけを見ていて僕が入る隙間なんてないんだ。

(愛する君代さんとthe caves)

「世界が愛と優しさでまわっていますように」
と口に出してみた。
なんとなく言ってみたんだけど、
「まわりますように」ではなかった。

(大切な家族)