左耳のこと。

僕は、生まれつき左耳が聞こえない。

 

本当の意味での生まれつきかは分からないけど。

小さい時に母親に、
いつから自分は左耳が聞こえなかったのか。
と聞いたところ、
「知らないけど、ずっと聞こえなかったと思うよ」と言われたから、
きっと生まれつきなんだ。

僕の記憶の中に、左耳が聞こえていた頃はないし。

(多分小学生の時の僕)

小学生の時は、
公(田舎の小学校の、2クラスで50人ぐらいしかいないような場所だけど)に
発表をしていた。

母親から、
「しゅうは左耳が聞こえないから、配慮してもらわないとダメだよ」
と言われていた。

席替えをする時には、自分が左耳が聞こえないことが前提となって、
みんなと同じようにクジを引くけど、僕は先生から見て常に右側、
つまり右耳が先生の声に近いような席をもらっていた。

 

中学校に上がると、
いくつかの小学校がまとまって一つの中学校に上がる中で、
”ガイジ(=障害児)”という単語が流行った。

それは、例えば物分かりが悪かったり、
バカみたいなことをする(今で言う隠キャも陽キャも)
同級生に対して使う言葉で、
笑いの種となるような言葉だったから、
男子はよく使っていた。

でも、僕は自分のことを障害児だと思っていたから、
そんな言葉をとてもじゃないけど笑いながら使うことなんて出来なかったし、
そんな言葉を聞いたらなんとなくイヤな気持ちになっていた。

だから、その言葉が笑いになる時はなるべく後ろの方にいることにした。

そんなこともあって、中学生になると自分の左耳のことを隠すようになった。

吹奏楽部に所属していた僕は、
ある時どこから聞きつけたのか顧問の先生に呼び出されて
「しゅうって左耳聞こえないんやろ?なんでみんなに言わないん?みんなのこと信用してないん?」
と言われたことがあった。

僕は、よく分からなかった。

自分が周りを信用していないのか、自分を信用していないのか。

そんなある時、友達が
”右耳と左耳に交互に音が流れることによって立体的に
(僕は今でもその言葉の意味がひょっとすると分かっていない)、
その場にいるような臨場感で音を聞くことが出来るイヤフォン”
というものを持ってきた。

みんながそれを聞いては、
「うおっ!!」とか「すげー!!」とか言いながら笑い合う中、
僕だけは頑なにそのイヤフォンを着けなかった。

(20歳まで飼っていた愛犬、りゅう)

高校生になって僕はバンドを始めた。
メンバーにも左耳のことは長らく言わなかった。
(活動から3年ほど経った時に、ボーカルに改めて電話して、
泣きながらそのことを伝えたのを覚えている。
その時あいつがなんて言ったかは忘れたけど、
その後7年ぐらいそのバンドにい続けたことを思うと、
なにか嬉しい言葉を言ってくれたんだろうな。)

(DAMでDr.を叩いてた僕)

 

そして、僕は高校生活の中でますますその事を隠すようになった。

人と並んで歩く時は、自然な流れでその人の左側に。
ご飯屋さんでカウンターに座る時も、
電車で座席に座る時も、
何にも言わず左側に。

それでも、やむを得なく右側に立ってしまった時は、
不自然なぐらい真っ正面からその人の顔を見たり、
僕にしては不自然なくらい大きな声で喋ったり
会話の主導権を自分で握ったりした。

きっと、僕が左耳のことを告白をしなかったせいで
色んな意味で不快な思いをした人もいるんだろうな。

本当に、ごめんなさい。

 

高校生活のある時、身体検査の中に聴力検査があった。
それも、5人一組のグループで、同時に。

小学生の時は公表していたから、左耳はパス。
中学生の時は、多分一人ずつだった。

僕は、どうしたら良いか分からなかった。
左耳にヘッドホンをあてても、もちろん何も聞こえない。

僕は、その場にいる(友人もお医者さんも)全員を騙すつもりで、
周りを見ながらなるべく同じタイミングでボタンを押した。

 

きっとバレないと思った。

だけど、お医者さんにはバレてしまった。

それでもその時のお医者さんは、(きっと良い人だったんだろう)
僕を不審に思ってカルテを見て、
何かを納得したように言葉を飲み込んでそのままスルーしてくれた。

 

数年前に結婚した僕だけど、
奥さんに結婚の話をする時も、
泣きながら自分の左耳のことを話した。

「もしこれが遺伝性のもので、
この子との間に出来た子供に同じ障害が残ったら、、、」

そう思うと、僕は奥さんも子供も不憫で、
これが理由で結婚を断られても良いと思った。
(その時の奥さんの反応はよく覚えてる。
何を思ったか、
まだ何も話してないのに泣き出したかと思うと、
いざ話を聞いて
「そんなことか……。良かった……。好きになった人が既婚者で、
私は浮気相手なのかと思った……。」と言われた。笑)

(奥さんと僕)

 

そんなこんなで、僕は今でもこの事を必要以上に言わないようにしている。

 

同情も欲しくないし、軽蔑も欲しくない。

あえて言うなら、(そんなことはないけど)これが理由となって、
今の自分を”才能”と思われることも嫌だ。

 

それでも、まだしっくりときていないこの30歳という器を持った自分で、
この事を形にしてみたかった。

僕にとっては当たり前の事実で、誰かにとっては驚きの事実で、ほとんどの人にとってはどうでも良い事実だけど、文章にしてみたかった。

(the caves×SHU)

(画家・森元明美との即興セッション後)

僕はきっと、これからも一生左耳が聞こえない。

音楽的に言う「パンを振る」と言う言葉の真意はきっと理解出来ない。
(片耳が聞こえないと、その音がどちらから聞こえてくるか、
という”立体感”が両耳が聴こえる人に比べると圧倒的に分からないらしいんだ。
分からない、ということも実際には分からないけど。)

もしもこの左耳が聞こえるようになるとして、
100万円払って手術がしたいか、なんて聞かれてもわからない。

自分がどれほど今まで損をしてきたのか知らないから。
もしくは、損をしてきたことに気が付いたら嫌だから?

(祖父にハンドパンを教える)

きっとこれからも、この事を言える人と言えない人がいると思う。

生活

前回のブログ『ニュー・シネマ・パラダイス』は、実に半年ぶりの更新だった。

その前に書いた東京ツアーのブログ『贅沢な雑記として。』
それから戻ってきた後は怒涛のような半年間だった。

(MV作成中の一枚)

オーストラリアツアーがあり、
(オーストラリアツアーに関しては、
Instagramアカウントにて毎日リアルタイムで更新をしていました!!!
もしよろしければ、Instagramにて”shuhandpan”をフォローの上、
「#australiadiary」でブログを読んだり、
ストーリーズのアーカイブをお楽しみ下さい!!)
世界の仕組みを丸々アップデートしてしまうようなパンデミックがあり、
楽しみにしていた音楽イベントがなくなり、
新しい楽しみ方と穏やかに過ごさざるを得ない日常の中で、
隠れていた次の生き方を模索し、変わろうともがき、変わらないものを愛した。

(オーストラリアにて)

(日常)

その後は、素敵なイベントにいくつか出演をして、
新しい出会いと価値観の中で生まれ続ける新しい自分と変わらない自分の狭間を
揺れながら楽しんだ。

(2020/2/16 Live at LPキッチン)

(2020/5/30 Live at たいよう Photo by オモタニカオリ)

(2020/6/14 BOTAFES みんなのお花見プロジェクト収録)

 

本来なら、一つ一つがブログに書けたことなのに、
何一つとして形にならなかった。

そんな日々の中でも変わらず文章は書き続けていたけれど、
ブログという形でアップをすることが少しずつ怖くなっていった。

書くことに飽きたのではなく、書きたい衝動と書かなければいけない焦燥の中で
書くことが出来なかった。

(2020/7/5 Live at FATAPIAにて)

そして、エンニオ・モリコーネの死を受けて、改めて考えてみた。
僕が音楽を作ることと、文章を作ることについての関係性を。
関係性がないということを。
音楽にしたい生活も、ブログにしたい生活もある。
どちらにもなる生活も、どちらにもならない生活もある。
どちらかがスムーズに進んで、どちらかが立ち止まったり、
どちらも「ダメだこりゃ」となったり
どちらも最高速度をキープしたり。

脳みその使い分けも時間帯による棲み分けも
刺激の強弱による振り幅もない。

まだハッキリと理解出来ていないだけかもしれないけど、
どちらも「なんとなく」という言葉がしっくりとくる。

(2020/7/4 Live at 桜ノ宮foodscape!storeにて)

僕は自分のことを凡人でまともで普通だと思っている。
僕は小さな虫ケラ同然で、どこにでも僕みたいなやつなんていて、
ありきたりの有象無象だと思っていた。
今まではその事実に嫌気がさすことの方が多かったけれど、
最近はそのことに快感を覚えるようになってきた。

自転車で駆け下りながら大好きなあの歌を歌ったって、
世界の主人公なんかじゃないんだぜ。

 

僕は生活が好きだ。
洗濯や掃除や洗い物、犬の散歩。

そう言えば星野源はエッセイの中で生活が嫌いだと言っていた。
僕は星野源が好きだ。
星野源は僕を知らない。

なんてことだ。
なんてすれ違いだ。

 

憧れの松の虫よ。
あなたはいつも隙だらけで、そんな君に魅せられた僕だけど、
あなたの愛はいつも一つだけを見ていて僕が入る隙間なんてないんだ。

(愛する君代さんとthe caves)

「世界が愛と優しさでまわっていますように」
と口に出してみた。
なんとなく言ってみたんだけど、
「まわりますように」ではなかった。

(大切な家族)

SMALL PARTY

2019年12月7日

この日は
僕がやっている
ハンドパン×アコースティックギター×歌のユニット
the caves×SHUが今年の8月に出した
最新で最高のミニアルバム
「同じ夢をみた」
発売記念イベントを大阪にある
スーパーレトロマシーンで開催しました。

たくさんの方に来て頂いて、本当に楽しかった。
来てくれたみんな、来れなかったみんな、ありがとう。

この日は、僕とKZOさんの二人で計画をした。

だれもみたことがないなつかしさ

 

この日をいつか振り返った時に、
人生のふとしたタイミングで
思い出し笑いをするように
「あぁ、あのイベントに行って良かったな」
と思ってもらえるような
イベントを作りたかった。

自分たちの音楽
自分たちのお芝居
それを見せる前に、
まずは
エンターテイメントとして
楽しんでもらえるように。

僕たちの音楽に加え、
ラッパーのKZOさん、
まっすぐに言葉を出すA8さん、
そして、この日一日を通してずっと場を繋いで縁を繋ぎ続けた芝居紳士さん。

小さなホームパーティーに招かれて、みんなが少しの違いを楽しむ。
そんな違和感を感じられるような素敵な空間になれば良いなと思っていた。

土曜のお昼に場所を貸してくれたスーパーレトロマシーン
3ステージという空間の中PAをしてくれた上に、前日にチーズケーキとカップケーキを作ってくれたはるか
はるかと共に会場を作り上げたかのんちゃん
フリーおでんやチーズケーキとさつまいものカップケーキを販売してくれたつかさちゃん
受付を担当してくれたひーちゃん
この日のチラシを作成してくれて、当日はカメラマンを担当してくれた烈くん

本当に、スタッフのみんなも温かく楽しそうに当日を過ごしていたことがとても印象的だったなあ。

 

ぼくがやりたかったこと

みんなが仲間はずれで、みんなが一人。
だから僕たちは1つじゃなくて”みんな”でいれる。
違いを楽しんで、違和感を楽しむ。

SMALL PARTY
なんだ。
小さくて、静かで、
一人ぼっちでも
楽しめるように。

このイベントをもう一回やるかなんて全く考えていないけど、
みんながまた違った場所で出会えたら、めちゃくちゃ最高だよね。

 

All Photos by 烈 “the PHOTO” 白川

遠く近く。

10月になるというのに
涼しい夜が少し続いたら真夏のような日照りが続いたりしていますね。
僕の家の前には大きな木が生えていて、
この季節は葉や実がたくさん落ちて来ます。
夏には毎日蝉がその抜け殻を僕の自転車のタイヤやらにひっつけてどこかに行っていました。
そんな小さな自然と関わっているだけでも、季節が毎日少しずつ進んでいる実感を得ることが出来ます。

そして、生活の中で僕は変わらずハンドパンにずっと関わって生きています。

SHU、またはthe caves×SHUとしての演奏活動はもちろん、
ハンドパン自体の販売やそれに関するお悩み相談
そして、世界中のハンドパン奏者が愛用する
ハンドパン専用ハードケース”HARDCASETECHNOLOGIES”の日本公式代理店の運営。
ハンドパンのレッスンやワークショップの開催など。

毎日何回、頭の中で、口で、文章で、「ハンドパン」と言ってるんだろう。
今度数えてみよう。笑

・SHU、the caves×SHUライブスケジュール

・ハンドパン専用ネットショップ”KUROBO HANDPAN”

・HARDCASETECHNOLOGIES JAPAN 公式サイト

最近は特に、ハンドパンという楽器に出会って、魅了されてはいるものの
「ハンドパンを買いたいけどどうしたらいいか分からない」
「ひとまずレッスンを受けてみたい!」
「練習をしているけど発表できる機会がない・・・」
「ハンドパンの知り合いをもっと増やしたい!」
なんて話をよく聞くようになりました。

これはきっとすごく良い予兆で、ハンドパンが次のステージに上がっていくんだろうなと思っています!!

そんな中で僕が年内に行うこの2つのイベントが、何かのキッカケになれば嬉しいです!!

まず一つ目は、10/26(土)!
僕が定期開催している「ハンドパンLIVE&体験会」を大阪・羽曳野にあるBar CLEFにて第三回目の開催!!

コチラでは、僕によるハンドパンのライブから、ハンドパンの歴史を踏まえた説明、ハンドパンの基本的な演奏方法のワークショップなども含めてたっぷり3時間楽しんで頂けるイベントです!

毎回10名程度の方が来てくれて、しかも毎回ほとんどメンバーが変わるんだからめちゃくちゃ素敵です。

もちろん、2回目3回目の参加もお待ちしています!

 

二つ目は、12/15(日)!
コチラは僕も初めての試みですが、先ほど言ったように
「ハンドパンは持ってる!だからどこかで演奏してみたい!」という人や、
ハンドパン友達が欲しい人などを主に対象にしたイベントです!

イベントタイトルの名の通り、みんなで演奏したり、繋がったりしたら面白いよねーって感じです!

初めてなのでどうなるか、僕もドキドキですが是非多くの方の参加をお待ちしております!
まだまだ先ですが、15名程度を目安に先着順となっていますので、気になる方はお早めにご予約お願いします!

 

 

誰かにハンドパンを教える一日
ハンドパンとただただ会話をする一日
映画を見て喫茶店で本を読む一日
友人と夜更けまで飲んで話す一日
ステージに立つ一日
何もせずボーッとしている一日
誰かと会って打ち合わせをする一日

その全てが僕だと分かってもらいたい
ステージに立つのが特別なんじゃなくて
仕事に追われるのが退屈な日常なんじゃなくて

当たり前みたいにくっついて
当たり前みたいに離れて
当たり前みたいにいなくなって
当たり前みたいに再会する

一生に一度しか出来ないライブ
毎日は一生に一度しか出来ない


瞬間と脳みそをいつもフラットに
瞬間と脳みそをいつもフルスロットルで
矛盾によって
何かに縛られているとしたら
解放の糸口が見えるように


(実家で見つけた小さい時の僕。笑)

 

 

『文字』の攻撃による、僕の再認識

こないだ買った本のうちの二冊、『少年アリス』と『ここは退屈迎えに来て』を読み終えました!本当にタイトルだけに惹かれて購入した二冊でしたが、これが驚くぐらい僕にとって新鮮で面白かった!!

どちらも僕にとっては『文字の攻撃』でした。普段小説を読んでいるときはやっぱりストーリーとか、セリフとか、比喩表現といった、いわば「内容」に目が行きがちなんですが、「本を読む」という行為は、実は単純に「文字を目で追う」行為に他ならないということに気づかされる二冊だった。

例えば『少年アリス』は、多用される漢字が、その単語に対する「新しい意味」のようなものを僕に与えてくれた。

「古い石造りの露台の柱には凌霄花(のうぜんかつら)の蔓が絡みついている。」

「烏瓜(からすうり)は夕闇の橙と曹達(ソーダ)水の透明を併わせ持った玻璃(ガラス)細工になる。」

「塑像のまわりを蛍星が蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のようにゆらゆら伸ばすやつと飛び交っていた。」

「アリスは昼顔の洋盃(コップ)を受け取った。」

*()内は本文中ではルビになっています

などのように、今までひらがなやカタカナで認識して想像していた名詞が突如見慣れない漢字を仲介することによって、読み飛ばしてしまいそうな言葉を確認していくため、読むときの「テンポ感」が普段と全然違う。そしてその単語に対して僕が持っている「固定概念」のようなイメージはガラッと変わってしまって全てが僕の知らないモノになる。漢字がまろやかに古めかしく僕を侵食する。

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そして『ここは退屈迎えに来て』は『少年アリス』とは真逆で、カタカナのオンパレード!僕らも普段からよく知っている単語という単語が、カクカクしたカタカナとして迫ってくる。例えば、

マクドナルド、ダイソー、ニトリ、ブックオフ、ニューバランス、ローファー、セックス、EXILE、iPhone、ツイッター、スターバックス、ブロックバスタームービー、「フォーエバーとかエブリシングとかの単語」、「ナイロンジャージにスウェットパンツ」、「プラトニックな純度100パーセントのアイラブユーフォーエバー感」etc…

特に最後の「プラトニックな純度100パーセントのアイラブユーフォーエバー感」は、初見のとき電車で声を出しそうになるぐらいニヤニヤしてしまいました。笑

こんな風にカタカナだけで単語を並べると、いかにもファストで、イージーで、マスプロダクト的で、笑っちゃうぐらい嘘くさいけど、これが僕にとっての「リアル」以外の何物でもないということに気付かされて、自分が生きている現代を眼前に突きつけられる。それはため息が出るぐらい幻滅しそうになるけれど、見ないフリなんて出来ないぐらい僕もこのカタカナに浸かりきって生きている。

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この二冊は「文字」という、普段あまりにも当たり前に使っているせいで見過ごしがちなフィルターに色をつけることで、その効果を生き生きと僕に再提示してくれる大切な本になりました。稚拙な書評みたいになっちゃった上にハンドパンの話何もしてない。笑

 

 

 

言葉にならないぐちゃぐちゃを、とりあえず「ありがとう」という言葉で

またまたバンドの話になってしまいますが、そのことも含めて色々お話を!

昨日は僕がやっているバンド、DAMの初ライブから丁度10年目をお祝いするワンマンライブを行いました!大阪はアメ村にあるCLAPPERというライブハウスで、メンバー全員ステージではなくフロアでライブをして、お客さんは360度好きな位置から見ることが出来るという楽しいものでした!

今までもたくさんの人が僕たちを助けてくれたことは以前のブログに書きましたが、(まだ読んでない方は『10年』を見てください!)昨日について言えば、いつも僕らのわがままを最大限に理解して協力してくれるCLAPPERという最高のライブハウスと店長福さんを始めとするスタッフの方々、10周年ワンマンに合わせてコラボデザインTシャツを作ってくれたRIP DESIGN WORXXというイカしたファッションブランドのなおやさん、ジャケット型パッチを作ってくれたガナリヤ、サイレントニクスのたいちゃん、フライヤーをデザインしてくれた加藤、レコーディングをしてくれたSTUDIO COOPERの永田さん、もちろん来てくれた皆さん、来れないのを悔やんでメッセージやSNS上に書いてくれた人たち、えっと、あと誰か忘れてないかな。こうやって具体的に書くと誰か忘れてると失礼だから緊張するよね。笑 ありがとうございました!!

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ハンドパンという楽器を手に入れて、ゴミドラムと共にストリートパフォーマンスを始めたとき、僕は自身のバンド活動とは全く別物にしようと最初思っていました。なぜなら、とても過激で失礼な言い方をすればこの活動は僕にとって「ライブハウスとの決別」だったからです。音楽って楽しいし、生の音楽はとても魅力的なのに、ライブハウスという場所はある意味では「人を選んでる」から。だから僕は一人で街中に飛び出すことにした。でも、昨日来てくれた人の中には、ストリートを通じて友達になって来てくれた人もたくさんいたし、逆にずっと僕のバンドを好きでいてくれてる人が「そういえばストリートはいつどこでやってるんですか?見に行きたいです!」って言ってくれる人もいました。だから、これはみんなが僕に気付かせてくれたことだけど、どっちもしっかり活動をして、ハンドパンやゴミドラムをストリートで一人で演奏する僕も、バンドでライブハウスのステージに立つ僕もしっちゃかめっちゃかにして色んな人や感情や場所がクロスしていって、ウネウネとモヤモヤと言葉にならないうねりや歪みが出来て、一つのムーブメントになればいいなと思います。

あ〜、なんかまだ上手く言葉に出来ないな〜。ありがとうだけじゃ伝わらない思いがたくさんあるんだよ!でも、言葉に出来ないっていいよね。だから僕は直接人に会って、目を見て話をして、握手をして、ハグをして、色んな仕草をつぶさに見ることが好きだ。

とりあえず、SNSからの拾いもんの写真を何枚か!昨日はカメラマンも入っていたので、別の形で多分すごい写真をまた今度あげます!まだまだ、バンドもライブハウスもハンドパンもゴミドラムもストリートパフォーマンスも続くぜ!!そんな気分!笑

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昨日は終わってから先輩の家にお泊まりさせて頂いて爆睡しましたとさ。笑

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流れ者、流れ星

昨日の夜に不思議なお兄さんに会った。僕が扇町公園でゴミドラムの練習をしていると近づいてきて話しかけてくれた人。パッと見た感じでは40歳ぐらい(この僕の予想は後の会話でほぼ当たりだったことが分かる)。旅人にも、ホームレスにも見えなくない(この予想も当たりだった笑)。 なんやかんやややこしいことがあって地元を「逃げ出した」(お兄さんは「正直に言えば半分は逃げたんだ」と自白するように言った)お兄さんは、今は全国を転々として、ネカフェや野宿をしながら路上詩人として稼いでいるらしい。ちなみに40過ぎの人を『お兄さん』と呼ぶのが正しいのか分からないけど、『おじさん』と呼ぶと距離が出来てしまいそうなので、お互いに『お兄さん』と呼び合っていた。

今はまだ大阪にいようと思っていることや、僕の人生計画のこと、ストリートでの苦労話や、お兄さんの過去から現在への話、病気のこと、寿命のこと、とにかくよく話す人だったけど、とても楽しかった。扇町公園の道のど真ん中で、汚い格好してスーツケースを引っ張る人間が1時間半も立ち話したんだから、色々話せたよ。笑 話している途中で流れ星を見た。緑とオレンジの尾を引きながらとても近くに感じるほど低飛行で急に現れて消えていったあれは本当に流れ星だったんでしょうか。UFOでも嬉しいな。

お兄さんに言わせれば僕は、まだ初心を忘れずに自分の好きなことをしっかり好きだと思えてやれているらしい。そして僕のような考え方は珍しく、立派で、成功する要因を十分に持っているみたいです。笑 「自分のことは間違えてばっかりだけど、人の評価は間違えたことないから大丈夫!」って言ってくれたので信じることにします。

最後に別れ際、お兄さんと握手をしたのだけど、10年以上も地元を離れて全国を廻りながら路上でお金を稼ぎ、ときには路上で寝ている人とは思えないほど、あったかくて、柔らかい手だった。そのとき、お兄さんが何を大事にして、何を捨て、何を得て生きてきたのか少しだけ分かったような気がした。

あのお兄さんは昨夜どこで寝たんだろう。そんな、流れ星みたいな生活をしているお兄さんに会った不思議な夜の話。

夢と驚きと日常と

みなさんの毎日はどんな風に過ぎていってるのでしょうか?もちろん千差万別、十人十色でしょう。「今日も仕事で吐き気がする」「大学、今日はサボろう」「学校に行けば今日もあの娘の横顔が見れる」「毎日充実してるぜ」「今日ものんびりと始めていこう」などなど。でもこんなのは僕が思い描いた想像のものだから、実際は知らないけど、まあ色々あるんですよね、きっと!笑 いつも言っていますが、ここでは僕は僕の話をします!!笑 僕は毎日、「今日はどんな驚きに出会えるだろう」ってワクワクしています!

遊園地に行ってジェットコースターに乗る興奮、ディズニーランドに行って夢と魔法の世界に浸ること、本を読んで活字の向こうに見える僕の知らない誰かの人生を隣で過ごすこと、印象派の絵画を見て僕が見たことがない景色を「その人の目で見た景色」から僕が見ること、映画を観て僕が知らない世界を眼前に写し出してくれる中に存在すること、音楽を聞いて初めて乗る音符の波に溺れたり、よく知った波に上手に乗ること、夏休み中の小学生がワンピースの話をしながら歩いていること、『小学校の教科書のさし絵で見たような 雨が降りそうで降らない暗くて明るい空』に出会うこと、可愛い女の人とすれ違うこと、昔の友達に久しぶりに会ったとき、自分が大人になったことを自覚させられること、ストリートライブをしていて話しかけてくれた人が、もしあの時あの場所で僕がストリートライブをしていなかったら絶対に交わらないような人だったこと。そんな風に僕は毎日たくさんの刺激と驚きの中で生きていて、夢みたいなスピードで夢を叶えて幸せを享受しながら現実を飄々と生きています!笑

きゃりーぱみゅぱみゅのことはあんまり知らないけど、少し前にauのCMで使われてた曲の一節がとても好きで共感出来ます。『驚きが日常に(チュクキーン‼︎‼︎)』。笑 はい、ぱみゅぱみゅの、あるいは中田ヤスタカにシンパシーを受ける25歳です。笑

もらってばかりじゃ破裂しそうなので、僕も誰かにとっての驚きでありたくて、色々なところでストリートライブをしています。逆に僕が驚きをもらうことも多々ありますが、誰かも僕を見て一日の刺激の中の一つなればとても嬉しく思います!ということで、今から久しぶりにゴミドラムの練習をしに扇町公園に行こうかな!もし会えたらお話しましょう!練習のつもりで行くから告知はしないので、会えたらそれこそ「驚き」ですね。笑

写真はこないだUSJに行ったときにチャーリーブラウンに会って、「ずっと好きでした。ファンです。」と言って握手をしてもらいハグをしてもらったときの写真です!チャーリーブラウン、君は僕のヒーローで、先生で、大切な友人だよ!!それにしても、純粋なつもりなのに、ヒゲだしサングラスだし、なんだか僕悪そうな顔してるな〜。笑

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山に入ってきました!(このブログではまだ入ってません笑)

以前ブログでチラッとお話したのですが、2日間山に篭って来ました!結果的に言えばそれはキャンプなのですが笑、僕の動機からお話すればそれはキャンプと呼ぶにはあまりにも重々しいものです。笑 いや、結構ありきたりな理由だとは思うんですけどね!笑

ここ1年ぐらい、たくさんの人と出会って、話をして、国内外問わず色んなところに行って友達を作って、仕事をして、ブログを書いて、本を読んで、LINEで連絡をとって、映画を観て、音楽を聴いて、Facebookを見て、楽器の練習をして、ストリートとかライブハウスとかでライブをして。本当に毎日毎日おかげさまで楽しく多くのものを(一時的だとしても)吸収させてもらえる機会がいっぱいある日々の中で、周りからの刺激が強すぎるから、何となく「自分自身」というか「本体」に不安と不在を感じていました。だから単純に、それらから「本体」を物理的に隔離してみたかったんです。本も、ケータイもパソコンも楽器も持たずに、素直に「自分」だけと「対話」したかった。それを素直に叶えることが出来る環境を考えていたら、自然と「山にこもりたい」と思ったのです!だから結果的にはキャンプという形をとりましたが、そのとき浮かんできたものによっては「ホテルに泊まって一歩も外に出ない」でも、(不可能に近いけど)「今まで通りの生活の中でケータイもパソコンも楽器も触らず誰とも喋らない」でも良かった。笑 事前に伝えないといけない知り合いには「キャンプに行ってくる」と伝えると、「いいなあ!羨ましい!」って言ってくれたけど、「二日間ホテルから一歩も出ないでおく」って言ったら同じように羨んでくれたんだろうか?笑

まあ、こんなでかい口叩いてますが、今回の山籠りは僕の幼なじみの協力なくしてはとても成り立たなかった!「山に入りたい」と思ったのはいいけど、なにせキャンプをしたことがなかった僕は知識も道具も何もなかった。笑 そのときに思い浮かんだのは、「あ、彼に連絡しよう」だけです。笑 でも、「山に篭りたいけど道具も知識もないから助けて!一緒に行こう!」って言えば絶対来てくれると信じてました。昔から、お互いうるさいタイプではなかったけど、どうしようもなく自分の心が赴くままにしか行動出来ない僕らは、ずっと仲が良かった。だから、彼が乗ってきてくれたときは、安心と嬉しさと「これで大丈夫」という感じがとても強かったです。笑

……ヤバい、まだ山に入ってない。笑 いつも僕の言葉は喋りすぎるか足りないかのどちらかで、完全に自分の意思を丁度良い言葉数で伝えることが出来ない。こんなはずじゃなかったんですが、二つに分けようと思います。笑 「そんなに伸ばすことじゃないやろ!」って思うかもしれないけど、本当はもっと言いたいこといっぱいあるんですよ!笑 これでも頑張って読み易いようにまとめてるんです!勘弁して下さい!笑

だから、次のブログが楽しみになるような写真を二枚だけ置いていきます。笑

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支離滅裂、理路整然、語感がいいよね。笑

僕の出身は、豊能町という大阪の最北にある、いわば京都の最南と兵庫の最東に接する、大阪とは思えないようなド田舎です。笑 噂によると、箕面市と合併しようとして、箕面市にとってメリットがないから断られたり、「限界集落」という「過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落を指す、日本における概念」(wikipedia参照)に当てはまるとか当てはまらないとか。笑 それでも豊かな自然とか、妙見山という霊山とか、夜になると真っ暗で物音が全くしないとか素敵な誇れるポイントはたくさんあります!笑 ちなみに「街」という感じはとてもアーバンな感じがして僕にはあまり馴染まず、僕にとって「まち」とは「町」です、どうでもいいけど。笑

そんな所で生まれ育った僕ですが、ハンドパンだったり、バンドだったり、旅行だったりで国内外問わず多くの所に行くことが出来ています!そしてどんな場所に行っても大体はいい場所だなって思います。このまま大阪にいてもいいし、東京でも北海道でも、マレーシアでもフランスでも、どこに住むことになっても納得して気持ち良く住むことが出来ると勝手に自信を持っています。笑

……「だから何?何が言いたいの?」って思ってますよね?これからですよ。笑

そんな気持ちが強くて、どこでもそれなりに楽しくやっていけそうだなと思っている僕は、「地元」とかに愛着があまりないと思っていました。(こういうときに過去形を使うとストーリーの展開がよめて面白くないですね。言葉って難しい。笑) 通っていた幼稚園が閉園して取り壊されて駐車場になっても、僕が秘密基地を作ったりしてよく遊んだ山が崩されて新しい「町」が隣に出来ても、若干の切なさはあるものの、「まあ時代は変わるし、そんなもんだな」ってなんとなく無感情に冷静に見ていたと思います。でも、なんというか、シミのように、あるいは古傷のように、地元の匂いと静けさは僕のなかに好き嫌いを問わず、どうしようもなくこびりついているんだなということに最近気づくようになりました。大阪の真ん中に住んでいても、ふとした瞬間に漂う匂いに記憶がフラッシュバックして、自分がとても遠い所にいるような気持ちになったり、地元に帰って散歩していると、小学生の僕が友達と遊んでいたり、僕が小学生のときからおじいちゃんだった人は今もおじいちゃんで、季節ごとに咲く花はいつも綺麗で、イワークみたいに見えていた石は意外と小さくて、友達とよく遊んだ誰かの車庫の上は草がよく伸びていた。

そんなときにふと気づいたのですが、僕はどうやら自分が「好きじゃない」とか「興味がない」「理解出来ない」、「僕の性格に合わない」と思って敬遠しがちなものにこそ、本当はそれに対する執着があったり、心が強く動かされたりするという、自分でも分かりづらいとても面倒くさい性格のようです。笑

そんなことって皆はあるんでしょうか。今日は、僕のそんなセンチメンタルで懐古主義的な面倒くさい性格の話。笑