エドモントンというカナダの真ん中あたりからは、カナダを横断するVIA鉄道に乗ってトロントまで2日半の旅。
ベッドと食事付きの個室もあるけれど、値段が3倍も違うから1番安いエコノミーシート。
それでも、フットレストは付いているし食料は日本から大量に持ち込んだ。
天井がガラス張りの展望席も行けるし、談話室のような場所もある。
隣の席になったチャールズという75歳ぐらいのおじいさんは、トロントで乗り継いでさらに東のモントリオールへ行くらしい。
あの年齢で、お風呂にも入れず列車の椅子で寝泊りをする3日間の一人旅なんて、すごいよね。
いつも革靴と靴下を履いているし、彼が横になったのを見たことがない。寝るときはいつも、リラックスしてたら目を閉じていたぐらいの感じだ。
彼は、自分がピアニストだと言った。
カナダにおける移民の本を書いたが、内容が狂っていると言われて出版はされなかったとも言った。
色々な国に行ったことがあるけれど、日本には行ったことがないおじいさん。
日本人は寿司を毎日食べるのか、日本には松の木はあるのか、朝には何を食べるのか、日本人の神道とは何なのか、カナダにはよく雨が降るし土地も豊かで食べ物には困らないけど世界は飢餓に溢れている、それをどう考えているのか、日本の国土はどの程度か、大阪と東京は、東京と福島はどれくらい距離があるのか、パンやチーズは食べるのか、それらはどこで作られたものなのか、カナダ人は靴を脱がずに家の中へ行く、日本人と比べると僕らはまるで野蛮人だ、真珠湾攻撃についてどう考えているのか。
・・・エトセトラ。エトセトラ。
まるで、初めて外国人と接したみたいだった。
僕個人よりも、日本という国に興味を持った、かなり基本的で少し退屈な話だ。
仕方がない。
僕の英語力はしれてるし、彼は本も読まず、ケータイも見ず、一人でここに”いる”ことしかしないのだから。
少しだけ、隣に住む独居老人を気遣って生きている感じがした。
共に旅をする人たちは、ギター弾き。退屈しのぎ用に鉄道が用意している1000ピースパズル(絵柄が剥がれてピースの形でしか判別できないものが50ほどある)を熱心に埋める人。いつ非常事態になっても彼女を救えるように逃げ道を考えて様々な想定を張り巡らせているような顔をしている黒人の青年。犬の世話をしては四人がけソファを独占して眠る中年男性。パソコンでひたすら(本当にひたすら)映画を見る青年。”CANADA”と書かれたムースのパッチがついたパーカーを着た小太りで赤毛の可愛らしい20歳ぐらいの女性。僕がトイレに行く度に目があって微笑んでくれる中年の女性。自分のことはあまり話さない移動式孤独老人。
外の景色は、明るかったり暗かったり、松の木がすぐ近くに生えそろっていたり果ての見えない地平だったり、雪や氷がすべてを隠していたりその力が及ばなかったり。
鉄道は、何もない場所で突然1時間も止まったりするけど、その理由は誰にも分からない。
みんなが、到着時間について考えることをやめる。
みんなが、自分が今どこにいるのかを考えることをやめる。
閉鎖環境で有限の時が消耗されていることから目を背けて”果て”だけを想う。
『僕たちは死んだんだ。そして、死んだ人たちがみんな行く場所に自分たちも向かっている』と分かっているから、必要以上に干渉もせず、必要以上に焦りもしない。
それに近い空気感。
そんな列車に揺られて僕は、トロントという街に着いた。